「そんなの冗談に決まってるだろ」。
そう思っていたはずの一言が、本当に「契約」として扱われてしまうことがあります。
民法には心裡留保(しんりりゅうほ)という考え方があり、「本心ではない意思表示」であっても、相手が本気だと受け止めれば、契約として有効になる可能性があります。
特に、お金・不動産・相続といったテーマになると、「冗談」が大きなトラブルの引き金になることもあります。
1. 心裡留保とは? 「本心じゃないよ」では済まされない理由
まず、今回のテーマである心裡留保(しんりりゅうほ)について、ざっくり押さえておきましょう。
心裡留保とは、民法第93条で規定されている概念で、簡単にいえば、
本心ではない意思表示であっても、相手がそれを本当だと信じていれば、その意思表示は有効になる。
というものです。
つまり、「自分の本当の気持ち」よりも、「相手がどう受け止めたか」が優先される場面がある、ということです。
たとえば、次のようなやり取りをイメージしてみてください。
Aさん:「この土地、200万円で譲るよ。」
Bさん:「本当に? じゃあ、買うよ。」
Aさんの心の中では「場の流れで言っただけ」「本気で売るつもりなんてない」と思っていたとします。
しかしBさんが「Aさんは本気で売るつもりだ」と信じていた場合、法律上は土地売買契約が成立していると判断される可能性があります。
「そんなつもりじゃなかった」は、必ずしも通用しません。
ここに冗談が冗談で済まなくなる怖さがあります。
2. 実際に起きやすい“心裡留保トラブル”の場面
「冗談のつもりだった言葉」が原因となっているトラブルは、決して少なくありません。
特に多いものを、代表的なケースとしてご紹介します。
①お金の貸し借り:「返さなくていいよ」が招く落とし穴
飲み会や親戚の集まりなど、少し気分が高揚している場面で出てきやすいのが、「お金の貸し借り」に関する一言です。
「困ってるなら貸してやるよ。」
「いいよ、返さなくて。」
言った本人としては「社交辞令」や「場のノリ」のつもりでも、相手は真に受けてしまうことがあります。
後になってから、
「あのとき『返さなくていい』って言いましたよね?」
「約束したのに話が違う。」
と主張されると、非常にやっかいです。特に、LINEやメールで「返さなくていい」と書いてしまっていると、証拠として残ってしまいます。
②生前贈与・相続の話:「家はお前にやるよ」が独り歩きする
ご両親が高齢になってくると、実家や土地、預貯金の話題が出ることも増えてきます。
「この家は、いずれ長男に全部やるよ。」
「預金はお前のもんだ。」
こんな言葉も、何気なく口にされがちですが、子どもたちにとっては重大な問題です。
兄弟姉妹の間で受け止め方が違うと、
「父は長男に家をやるつもりだった。」
「いや、そんな話は冗談だろう。」
というように、解釈の違いから相続争いの火種になってしまうこともあります。
③不動産・車・貴金属の売買:「欲しいなら売るよ」が高額トラブルに
価値の高いものほど、冗談の一言が高額トラブルに直結します。
「その車、そんなに気に入ってるなら50万円で売ってやるよ。」
「じゃあ、買うわ。」
本人は「どうせ買わないだろう」と軽く考えていたとしても、相手が本気なら、買う側は「売買契約が成立した」と考えるでしょう。
後になって「やっぱり売らない」と言えば、「約束を守らない」「損害賠償だ」と感情的な対立に発展する危険もあります。
④夫婦・恋愛・離婚に関する言葉:「慰謝料払うから別れてやる」が証拠になることも
感情的になったときに飛び出す言葉も、後から大きな意味を持つことがあります。
「慰謝料払うから別れてやる。」
「子どもは全部そっちに任せるよ。」
その場の勢いで言った一言でも、LINEやメールでやり取りしていれば、離婚協議・慰謝料請求・養育費の場面で証拠として提出される可能性があります。
⑤仕事の依頼・報酬の約束:「10万円払うよ」が労務トラブルに
知人に仕事をお願いしたときなどに、
「やってくれるなら10万円払うよ。」
「落ち着いたら謝礼するから。」
と言ってしまうケースもよくあります。
言った側は「そんな大した話ではない」と思っていても、受け取った側は「約束された報酬だ」と考えるかもしれません。
後になって「そんなつもりじゃなかった」と言っても、心裡留保の考え方からすると、通用しない可能性があるのです。
3. LINE・メール・SNS時代は「冗談」がより危険に
昔と違い、今は会話の多くが文字として残る時代です。
口頭だけのやり取りであれば、「言った・言わない」の世界でしたが、LINE・メール・SNSが普及した今、 冗談のつもりの言葉が、そのままスクリーンショットやログとして残るようになりました。
たとえば、次のようなケースです。
・LINEで「もう返さなくていいよ」と送ってしまった
・酔った勢いでSNSに「家を譲ると約束した」と投稿した
・メールで「100万円払うからお願い」と書いてしまった
これらはすべて、後になって「あなたがこう書いていますよね」と突きつけられる可能性があります。
本人は「冗談のつもりだった」という一言で片付けたいかもしれませんが、相手が本気で受け止めていれば、心裡留保の考え方からすると、契約として有効と評価されてしまう余地が出てきます。
特に、関係が悪化したとき、あるいは相手がお金に困っているときほど、「冗談」は武器にも盾にもなりうる材料になってしまいます。
4. 「冗談でした」で無効になる可能性はある?
では、「冗談でした」「本気じゃありませんでした」と主張すれば、すべて無効になるのでしょうか。
結論から言えば、無効になる可能性はゼロではないものの、ハードルは高いと言えます。
実際に無効と評価されるためには、例えば次のような事情が必要になることが多いです。
・その場の雰囲気や状況から見て、誰が見ても冗談だと分かるものだった
・一緒にいた第三者も「明らかに冗談だった」と証言できる
・金額や内容があまりに常識外れで、通常人なら本気だとは思わない
・相手も実際には本気だとは考えておらず、冗談として受け止めていた証拠がある
しかし、これらを後から証明するのは簡単ではありません。
だからこそ、最初から「冗談」を契約やお金、財産の話とセットにしないことが大切です。
5. トラブルを避けるためのシンプルな3つのポイント
心裡留保によるトラブルを避けるには、難しい法律論よりも、日常の中でちょっとした工夫をすることが大切です。
特に意識していただきたいポイントを、3つに絞ってお伝えします。
①高額・財産に関する話題では冗談を言わない
不動産、車、預貯金、株式、事業、保証人の話など、人生に大きな影響が出るテーマに関しては、冗談を交えるべきではありません。
「そんなつもりはなかった」という一言で済ませるには、あまりにリスクが高い領域です。
②家族・親族・友人との金銭の話は「言質」として受け取られやすい
仲の良い相手ほど、「これくらい大丈夫だろう」と油断しがちです。
しかし、いったんお金や遺産の話になれば、長年の関係が一気に崩れてしまうこともあります。
特に、親子・兄弟姉妹・親しい友人との間では、「あのときの一言」がいつまでも記憶に残り、「約束だった」と主張されることも少なくありません。
③約束するなら「書面」で、冗談は冗談だと明確に
どうしても約束が必要な場面では、内容をはっきりと書面にすることをおすすめします。
・契約書を作成する
・覚書を交わす
・メールやLINEで条件を整理しておく
逆に、「冗談ですよ」と言いたいときには、冗談であることをその場で明確にしておくことも大切です。
もちろん、それでも完全にトラブルを防げるわけではありませんが、少なくとも「本気の約束」と「場の冗談」を、意識して切り分けることができます。
6. まとめ “冗談のつもり”が人生を狂わせることもある
人生の大きなトラブルは、派手な出来事から生まれるとは限りません。
実際には、何気ないひと言から、じわじわと広がっていくトラブルが少なくありません。
「本気じゃなかった。」
「場の雰囲気で言っただけ。」
「冗談のつもりだった。」
こうした言い分は、人間関係の中では通じることもありますが、法律の世界では必ずしも通用しません。
特に金額・財産・責任の話題だと大きさが増していきます。ちょっとした一言が、ご自身やご家族の将来に大きな影響を与えることも考えられます。
もし今、「冗談のつもりで言ったことが、相手は本気だと思っているかもしれない」「昔の約束が、今になって問題になりそうで不安だ」といった心当たりがある場合は、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
状況がこじれてしまう前であれば、話し合いによる解決や、書面を整えることでトラブルを未然に防げる可能性もあります。
法律は、知っている人・準備している人に味方してくれます。
今日お伝えした「心裡留保」の考え方をきっかけに、日常の言葉や約束、メッセージの扱い方を、少しだけ見直してみてください。
「これはどうなんだろう?」と不安に感じることがあれば、一人で抱え込まず、お近くの行政書士などにご相談いただければと思います。
📝 「冗談」が法トラブルに?法律クイズ 📝
【第1問】法律用語の「心裡留保(しんりりゅうほ)」によると、冗談で「この土地をあげるよ」と言った場合、相手が本気で信じてしまったら契約はどうなる可能性がありますか?
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