日々の業務の中で、私たち行政書士のもとには様々なご相談が寄せられます。
その中でも特に、解決が難しく、かつ当事者の精神的負担が大きいのが「言った言わない」のトラブルです。
「長年の付き合いだから、契約書なんて水臭い」
「口頭で約束したから大丈夫だと思っていた」
そう信じていた相手と、認識のズレから修復不可能な亀裂が入ってしまう。これはビジネスの現場だけでなく、親戚や友人同士の間でも頻繁に起こり得ることです。
今回は、一介のまちの法律家としての視点から、なぜ口頭契約が危険なのか、そして「契約書」ほど堅苦しくなく、それでもしっかりと自分を守ってくれる「覚書(おぼえがき)」の活用法について、分かりやすくお話ししたいと思います。
1. そもそも「口約束」だけで契約は成立するのか?
まず、法律の基本的なお話から始めましょう。
結論から申し上げますと、日本の民法において、口頭での約束(口頭契約)も立派な契約として成立します。
スーパーで大根を買うとき、いちいち売買契約書にサインはしませんよね。「これください」「はい、150円です」という口頭のやり取りだけで、売買契約は成立しています。
つまり、数百万、数千万円の取引であっても、法律上は「口頭で合意すれば契約成立」なのです(※保証契約など、一部書面が必須な例外はあります)。
「なんだ、じゃあ紙なんてなくても法律が守ってくれるじゃないか」
そう思われるかもしれません。しかし、ここに大きな落とし穴があります。
法律上「有効であること」と、トラブルになった時に「権利を主張できること」は、全く別の話なのです。
2. 「言った言わない」が泥沼化する本当の理由
トラブルが起きたとき、最も重要なのは「証拠」です。
裁判や調停、あるいは当事者同士の話し合いにおいても、「確かにその約束をした」という客観的な事実がなければ、話は平行線をたどります。
ここで、よくある泥沼化のパターンを見てみましょう。
【ケース1】リフォーム工事の追加依頼
施主:「ここの棚もついでに直しておいてよ」
業者:「わかりました(別途費用がかかるけど、後で請求すればいいか)」
結果:請求書を見て「サービスだと思った!払わない!」の大喧嘩。
【ケース2】知人間のお金の貸し借り
貸主:「余裕ができたら返してくれればいいよ(常識的に半年くらいだろう)」
借主:「ありがとう(余裕ができるまで、5年でも10年でも待ってくれるんだな)」
結果:1年後に催促したら「まだ余裕がない。約束を破る気か」と逆ギレされる。
これらは、どちらかが嘘をついているとは限りません。「人間の記憶は曖昧」であり、「都合の良いように解釈する」という性質が原因です。
悪意がなくても認識のズレは生じます。そして、口頭契約にはそのズレを修正する「原点(書面)」が存在しないため、お互いが自分の正義を主張し合い、泥沼化してしまうのです。
3. なぜ日本人は「契約書」を敬遠するのか
これほどリスクがあるのに、なぜ私たちは契約書を交わすのをためらうのでしょうか。
行政書士として多くの方と接していると、日本特有の「察する文化」や「信頼」の美学を感じることがあります。
「契約書を作ろう」と言うと、まるで「あなたを信用していません」と言っているように聞こえてしまう。相手の機嫌を損ねたくない。面倒な人だと思われたくない。
そんな心理的ハードルが、書面化を妨げているケースが非常に多いのです。
特に、中小企業の取引や個人間のやり取りでは、「見積書と請求書があれば十分」と考えられがちです。しかし、見積書はあくまで「金額の提示」であり、「もし納期が遅れたらどうするか」「途中でキャンセルされたらどうするか」といったトラブル時のルールまでは書かれていないことがほとんどです。
4. 「覚書(おぼえがき)」という選択肢
そこで私がおすすめしたいのが、「覚書(おぼえがき)」の活用です。
法的な効力に関して言えば、タイトルが「契約書」であっても「覚書」であっても、あるいは「念書」や「合意書」であっても、中身に合意事項が書かれていれば効力に大きな違いはありません。
しかし、「契約書」という響きには重厚で厳格なイメージがありますが、「覚書」という言葉には「忘れないようにメモを残しておきましょう」という、柔らかいニュアンスがあります。
- 「契約書を交わしましょう」
→ 相手に身構えられる - 「後で勘違いがあったらお互い困るので、念のため覚書だけ残しておきませんか?」
→ スムーズに受け入れられやすい
このように、相手への配慮を示しつつ、しっかりとリスク管理を行うためのツールとして、覚書は非常に優秀なのです。
5. 自分で作れる! 最低限押さえておくべき「覚書」のポイント
行政書士に依頼せずとも、簡単な内容であればご自身で作成することも可能です。
「言った言わない」を防ぐために、最低限以下の項目は網羅しておきましょう。いわゆる5W1Hの要領です。
- 日付(いつ約束したのか)
- 当事者の署名・捺印(誰と誰が約束したのか)
- 対象物・内容(何をどうするのか)
- 金額・条件(いくらで、いつまでに)
- 不測の事態への対応(もし守れなかったらどうするか)
特に重要なのが5番目の「もし守れなかったら」の部分です。
「月末までに工事を完了する」とだけ書いてあっても、完了しなかった場合のペナルティや解除権が書かれていなければ、結局揉めることになります。
手書きのメモでも、スマホで写真を撮ってLINEで送ったものでも、何もないよりはずっとマシです。しかし、後々の改ざん防止や、法的な証拠能力を高めるためには、やはりお互いが署名・捺印した書面を2通作成し、各自1通ずつ保管するのがベストです。
6. LINEやメールのやり取りは証拠になる?
最近よく聞かれるのが、「LINEの履歴は証拠になりますか?」という質問です。
結論としては、「有力な証拠の一つにはなるが、万能ではない」と言えます。
LINEやメールは、文脈が断片的であったり、相手が「その時は適当にスタンプで返事をしただけ」と主張したりする余地が残ります。また、アカウントが消えてしまえば元も子もありません。
もしLINEで合意形成をするならば、「以下の内容で間違いありませんか?」と条件を箇条書きにして送り、相手から明確に「承知しました」「その内容で合意します」という返信をもらっておくこと。そして、その画面をスクリーンショットなどで保存しておくことが重要です。
とはいえ、やはり重要な契約においては、デジタルなやり取りだけでなく、紙の書面(または電子契約サービスを用いた正式な署名)を残すことを強くお勧めします。
7. 行政書士が作成する書面の価値とは
ここまで、ご自身でもできる対策をお話ししてきました。
では、私たち行政書士のような専門家に依頼するメリットは何でしょうか。
それは、「将来起こりうるトラブルを想像し、先回りして予防線を張れること」にあります。
私たちは、過去に数多くの「揉めた事例」を見てきています。
「この書き方だと、こういう解釈もできてしまうな」
「この条件だと、一方が不利になりすぎて無効になる恐れがあるな」
そういった法的な穴を塞ぎ、かつ、日本語として誤解のない明確な文章を作成するのがプロの仕事です。
また、第三者である専門家が入ることで、「先生が言うなら仕方ない」と、相手方が冷静に条件を受け入れてくれるケースも多々あります。角を立てずにしっかりとした契約を結びたい場合、専門家を「クッション」として使うのも賢い方法です。
8. おわりに:書面は「お守り」です
契約書や覚書は、相手を縛り付けるための鎖ではありません。
お互いが気持ちよく取引を完了し、その後も良好な関係を続けていくための「お守り」であり、「道しるべ」です。
トラブルが起きてから弁護士に依頼して裁判をする費用と労力に比べれば、事前に覚書を作成する手間など微々たるものです。
「これくらい大丈夫だろう」
その心の隙間が、のちのち大きな後悔を生まないように。
少しでも不安を感じる取引や約束事がある場合は、ぜひ一度、「書面に残す」ことを検討してみてください。
「こんな簡単な内容で相談してもいいのかな?」と遠慮する必要はありません。
街の身近な法律家として、皆様の「転ばぬ先の杖」となれるよう、行政書士やまだ法務事務所ではいつでもご相談をお待ちしております。
📝 契約と覚書の法律クイズ 📝
【第1問】口頭での約束(口頭契約)について、日本の法律(民法)ではどのように扱われるでしょうか?
【事務所概要】
行政書士やまだ法務事務所
代表者:山田 勉
所在地:奈良県生駒郡平群町光ヶ丘1丁目3番5号 (ご来所は、全予約制です。)
電 話:0745-45-6609 (受付時間 午前9時~午後5時)
F A X : 0745-60-3033 (24時間受付)
メール :お問い合わせ
休業日:土日・祝日・年末年始 ※予めご連絡いただければ休日対応いたします。
対象地域:奈良県、大阪府、京都府 ※ZOOM面談やご自宅への訪問をいたします。